「春琴」を観に行ったよ。

『春琴(しゅんきん)』
・【インタビュー】深津絵里 谷崎原作の舞台挑戦 「春琴」21日から (1/2ページ) – MSN産経ニュース

 友達にチケット取って!って言われたついでに、深津絵里が見れる!ってミーハーな気持ちだけで自分のチケットも取って観に行ったんだけど、まあこれが、大変面白すぎる舞台だった。

 モチーフとなっているのは谷崎潤一郎の春琴抄と陰翳礼讃。パンフレットを受け取って、はじめてそのことを知って焦る。すみません、春琴抄のことは全然知りませんでした。いやでもね、今時谷崎潤一郎とか常識のように読んでる人もあんまいないでしょ、僕と一緒に春琴抄って話について驚くといいよ。とにかく谷崎潤一郎という名の重みに身構えたが、しかし原作なんて知らなくても十分楽しめたし、むしろ知らなかったからこそその展開に息をのんで、涙した。

 春琴という美しい女性、彼女はお嬢さんなんだけど、幼い頃に盲目になってしまう。佐助はその家に仕える下人だったけれど、まだ幼かった春琴に気に入られて、ほとんど専属の世話人になった。春琴はわがままで周囲を困らせるようなことばかりしていたけれど、従順すぎる性格の佐助は言われるがままに従っていた。

 春琴の加虐的な行為は激しさを増す一方で、その歪んだ性格に家族は手を焼いた。しかし佐助は彼女のふるまいに快楽さえ感じ始めていた。そのうち家族は長く世話をしている佐助を春琴と結婚させようとしたが、春琴は身分が違いすぎるとこれを一蹴した。しかしその後、春琴が妊娠し佐助によく似た子どもを産む。それでも春琴は認めようとせず、産んだ子は里子に出してしまった。

 てっきり深津が春琴役なのだと思っていたら、そう単純なものではなかった。ある時は3人がかりで頭と両手両足を操る人形が春琴で、またある時は人間の腕と人形の頭が春琴で、やがて深津がひとりで人形を操り春琴を演じ、そして深津が春琴そのものになる。齢を重ねるごとに人形の春琴と深津が溶けていく。
 人形の時の春琴は、まるで人間のように細やかに動いたのだが、物語の中盤、3人がかりでないと頭に両手両足は操作できないはずなのに、深津がひとりで春琴の頭と手と足を操っている時があった(そうとしか見えなかった)。あれはどういう仕掛けなんだ、本当に人形が生きているみたいだった。驚いて目をこらしているうちに、深津自身が春琴になった。

 やがて春琴は三味線の師匠となるが、その美しさに良からぬ者も三味線を習いにくる。ある時佐助が席を外した間に春琴の元へ言い寄ってきた男を、春琴は激しく撲って追い返す。数日後、春琴の寝込みを暴漢が襲う。春琴の顔に鉄瓶を押さえつける。

 春琴は自分の顔を医者以外の誰にも見せようとはしなかった。しかしやがて傷が癒えれば佐助に顔を曝すことになる。佐助にだけは醜い顔を見せたくないと春琴は訴える。そうして、佐助は、自分の両眼を、針で突いた。

 もう昨日のこの瞬間を思い出すだけで涙が出るぜ。帰ってWikipedia見てみたらさらっと書いてあったけど、原作を知らなかった僕の衝撃といったらもう。この後何人か鼻をすする音が聞こえてきたけど、たぶんこの人たちは僕と同じで原作を知らなかったにちがいない。舞台では最初の方から老年の佐助が登場するのだけど、その頃はまだ盲目の素振りを全く見せてなかった。途中なんてこれツンデレの話だろ、この後どうすんだよとか思ってたのに。

 佐助が盲目になったことを知って、春琴は初めて自分の愛を伝える。二人の倒錯した関係は共に盲目になって、やっと素直に愛情を表現できる関係となった。佐助は盲目になってからも春琴に仕えた。佐助は春琴が亡くなるまで、亡くなってからも、春琴のことを愛し続けた。

 ・・・という話だった。あの細やかな人形の動きといい、役者の鬼気迫る演技といい、光と影のうつろう演出といい、これは何度も観たい。2回目はもっと演出に目を向けて観たい。まるで生きているような人形の謎も解明したい。思わずパンフレット買って帰った。原作は文体がちょっと特異らしいから保留。でもいつか読みたい。

春琴抄 (新潮文庫)春琴抄 (新潮文庫)
著者:谷崎 潤一郎
販売元:新潮社
発売日:1951-01
おすすめ度:4.5
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