何のための情報、誰のための情報。

1日中テレビで地震の報道を見ていた。結局NHKにした。

twitterは酷いもので、拡散希望のウソかホントかわからないつぶやきに溢れていた。いちおう公式と思われる現地向けのハッシュタグも、拡散希望と非公式RTばかりでとても使い物にならない。

たしかに、現地から実際に孤立した人が、twitterやmixiやブログで助けを求めているのを見た。リプライやコメントではげましてあげることはできるだろう。でも、狂ったように非公式RTすることで、彼らの声を埋もれさせてしまっていることを想像できない人は、少なくないらしい。

さて、僕はどうして1日地震の情報を追いかけていたんだろう。東北の何処で何人が孤立して、何人が亡くなって、壮絶な映像を見て、でもそれは、どうせ週明けに社内で話す雑談のネタにしかならないんじゃないか。

安全な遠隔地からぬくぬくとテレビを見ながら、被災地に思いを馳せてそれなりに同情することと、どうせ自分にできることは募金くらいしかないからと幾ばくかの寄付をしてさっさと普段の生活に戻るのと、どちらが人間らしいんだろう。でもきっと後者の人間は冷たい奴だと思われるんでしょう?

いずれ自治体の要請に応じて、社内のボランティアチームが現地に乗り込むだろう。僕にできることは、チーム内での連絡手段を増やするために、スマートフォンを持っている社員にskypeの使い方マニュアルを整備して配布するくらいだろう。独自のハッシュタグを使ってtwitterをチームの伝言板替わりに使うこともできるなとは思うけど、生々しい情報を公開することになるかもしれないから、やめておいた方がいいかな。

twitterについては、青森県が先駆的に活用を進めていたようだ。県といくつかの自治体が今もつぶやいているけれど、中の人のリテラシもしっかりしているようなので、今後、復興時にも有力な情報源になると思う。

今日の1日は、たしかな情報を得る手段を把握することと、自分にできることを考えることのために、こうして情報を集めていたんだな、と思うことにしよう。