年賀状とSNS時代のグリーディング

今年は喪中だったので既に喪中葉書を送り終えて、年賀状でバタつかなくて済んでいる。毎年気持ちに波があるので、結構送った年と全然送ってない年とすごい落差があるが、年賀状は基本的には毎年送り続けるものだなあと思う。一度送らなくなって住所が分からなくなると、もうずっと年賀状を送れなくなってしまうからだ。

広島に帰ってきてからは、特に県外の人とは疎遠になってしまったので、年賀状を大事にしようと思っている。1年に1回だけ自分の近況報告をする役割もあるし、短時間でも一筆入れる時にその人のことを想う時間ができることに意味がある。だから年賀状を送れなくなってしまった人には、しまったなあという思いでいっぱいだ。

さて、Facebookで誰かの誕生日に毎回メッセージを書いている人がいる。僕もFacebookの友達が多いので、毎日誰かの誕生日だ。今日は誰々さんの誕生日です、とタイムラインを見ると、自分と共通の友達のコメントはピックアップされるので、ああまたこの人メッセージ書いてると思う。正直、SNS中毒なのではと思っていた。

思っていたんだけど、ある時、これがSNSにとって年賀状に代わるグリーディングなのかもしれないなとふと思った。SNSの新年のあいさつはみんなに向けて一回しか投稿しない。一対多のあいさつになる。じゃあその人だけに対してのあいさつはいつできるかというと、誕生日なのだ。1年に1回、その人の誕生日にメッセージを送ることが、僕が年賀状に求める役割と同じことをしている。

なるほど。そう思ったらSNS中毒というより年賀状をマメに送る丁寧な人に思えるな。思えるだろうか。いや、まだそこまでは思えないな。