あまちゃん

広島に帰ってからあまちゃんを見始めて、すっかりあまちゃんにはまっているわけですが。

震災編になって、まるでドラマのような津波の映像に現実感が沸かないとか、 そういう”東京側”で描かれていた感覚に非常に共感する。ましてや当時僕がいたのは名古屋だし。もっと日常然としていたし。東京のあの感覚すら無かった。震災後ほどなくして東京に行った時、東京駅のあの薄暗さで東京に住む人の震災後の感覚を実感した。名古屋にはそれすら無かった。

ヒロシマにせよ911にせよ311にせよ、画面でしか見てない私は、それを実感できていないと思うので、それをわかった気になるのはおこがましいという気持ちがある。アーティストのインタビューを読んでると、911や311を契機にって話題が結構出てきて、そこでガラッと気持ちが変わってしまうというのが、僕は共感できなかった。自分がその状況下におかれた訳でもないのに、そこまで影響を受けてしまうのかと。

とはいえ、911の時は本当にバーチャル感覚だったけど、311の時は画面越しながら土日ずっとテレビでその状況を追い続けていたのもあってか、実感していないなりのおこがましいショックもある。今週のあまちゃんは細かな演技や表現におおっと思ってはぐらかしてるけど、それでも感じるところもある。

 まったく別次元の話で、「地元へ帰ろう」が今週ずっと流れていて、地元に帰ってきた私としては、それはそれで思うところがある。名古屋で落ち着きかけたころに東京に転勤になって、何とも言いようを得ない喪失感があった。もう広島を離れて長く経ち、広島が安息の地という感じでも無くなってしまった、名古屋でそれを作りかけていた頃に東京に転勤になってしまった。月並みな表現をすれば、糸の切れた風船のような感覚だ。

そして広島に帰ってきて、広島は確かに地元なんだけど、今はまだそんな実感が無い。あまちゃんは東京に生まれても岩手に地元を感じているわけだけど、僕はどこにも地元を感じなくなってしまった。広島に帰ってきたのは、広島だからできることとか、広島こそすべきこととか、そんなことのために動いていこうという気持ちからだったはずなのに、そのモチベーションとなる地元感を失ってしまっていてそこに邁進していけるのか、すごく心配だ。

でもこの地元感を喪失して踏ん張りの効かない感じは、どこの会社のどの立場にいたって失敗フラグなわけで。どうやったら回復するかなあ。もっと広島を見て広島を知らないとなあ。