大学院でしんどかったこと。

はじめに断っておくと、これから書くことは、進学せずに社会人になっていたとしても同じことを感じていたと思う。大学院がこんなにしんどいと言いたいわけでは無く、大学院も社会人並みの苦労はするんだよとか、むしろ大学院での苦労は社会人のそれと大差ないよたぶん、ということが言いたい。

■研究活動は孤独だった。
会社全体での同期はたくさんいても、同じ職場の同期はほとんどいないのと同じ。僕の専攻はそういう状況で、同じ研究室に同期がいたことは非常に恵まれたことだった。とはいえ、いつも同期と一緒にいるわけにもいかないし、常に議論が一致するわけでもない。特に僕はもっと研究の話をしたかったのだけど、同期はそうした議論を好む子ではなかったし、同じ専攻の同期も自分以外の研究に関心がある人はいなくて殆ど話ができなかった。研究室の後輩は話は聞いてくれるけど、反論してくれないというか、その態度をみてると僕が間違ったことを言っていても信じてしまいそうだったので、こちらから話すのをやめてしまった。

今にして思えばもっと学会とかに積極的に参加して議論の出来る人を学外に求めれば良かったのかも知れないけれど、研究にも守秘義務のようなものがあるから、どうしても概念的な話が中心になってしまうだろう(それはそれで面白いのだけど)。こればっかりは仲間を見つけられない限りはどうしようもない。

逆に孤独との闘いは、ひとりでこなしていくことへの訓練とも考えられた。自立と自制、つまり「自律すること」はやがて研究や研究室をひとりで切り盛りしていかなければならないドクター、アカポス(大学教員)には必須の力だろう(もちろん普通の社会人にだって自律が出来ればスーパーなビジネスマンになれるだろう)。研究室の若手先生方は本当に超人的に自律できる人だった。ついでに言うと超人が目の前に二人もいることは、それはそれで結構なプレッシャーだった。

■研究頭に再び火をつけるのは難しい。
長く付き合った恋人のように(そんな経験無いけどね!)、研究と距離を置きたくなる時もある。専門学校が忙しかった時、何度ペーパーを出しても「もう一息」で突き返される時、ただ何となく気が乗らない時・・・と、理由は様々だけどそんな時が何度もあった。だけど、まるっきり研究のことを忘れる日を作ってしまうと、少なくともそれと同じ日数を、再び研究頭に切り換えるのに消耗する。1週間もほったらかしにしているとリハビリはかなり深刻で、何か考えてるんだけど同じことを何度もメモにするばかりで、ちっとも論が次の段階へ展開できない日が続いた。

そういうわけで、何週間も旅行に行くようなことは研究から離れるのを恐れておよそ出来なかったわけだけど(そうした学生らしい生活は専門通いで使い果たしたとも言える)、原因がわかってしまえば対策は簡単で、毎日少しでいいから研究頭を動かせばいいのだ。とはいうものの、実はこのことは学部のころからずっと先生に言われてきていた。僕自身は布団に入って、何か閃いたらしめたものというつもりで研究のことを思い出しては、閃く前に寝てしまうことを繰り返していた。それが結果的にはいよいよ焦ってからの追い上げにつながっていたのだと今は思っている。

やや横道にそれるけど、こうすればいいじゃんって閃く時って本当に突然なので、僕は研究の神様が降りてきたっていつも言っていた。言っていたけど、神様は全くでたらめに降りてくるわけではなく、それなりに降りてきやすくできることも知っていた。それが僕の場合は寝る前の「お祈り」だったわけだ。まあ必殺技を出すためには常々ゲージを溜めておかなきゃいけないというか、ヒット打つためにはまず打席に立たなきゃいけないというか、そういう話だ。

■大学院という独特な社会。
大学院生である僕は、研究室と専攻という2つのコミュニティの一員であった。研究室はムラみたいなところで、程度の差はあれ君主制で、程度の差はあれ君主のご機嫌をとるようなことをする。研究室における大学院生は、学部生よりも位がひとつ高い分色々と気を遣わなきゃいけないことが増えたが、それでも教員との間には圧倒的な差があるので、僕は学生の身分を利用してさっさと逃げることも多かった。

専攻は青年会みたいなもので、祭の準備というか、要は院生で何とかしろという仕事をどうにかするためにこのコミュニティは存在していた。こちらは誰もやらないと全員が怒られ、請け負っても何らかのクレームが自分の君主の元へ飛ぶので、逃げても駄目受けても駄目で厄介だった。恐ろしいのは、普段は馴れ合って仲良くみえる院生なのに、仕事がくると何のフォローも無しに逃げてしまうことだ。そうなるともうチキンレースで、誰かがなんとかしようと言うまで誰も無視を決め込むし、かといっていつまでも無視していると全員が罰せられる。これが嫌で僕はチキンレースになる前に大体仕事はさばいていたのだけど、目立って動く分先生には僕の話が集まっていき、そういう時に限って研究は進んでいない時で、何度も小言をくらった。

結局どこへ行っても最後に面倒なのは人間関係。面倒なら関与しないのが一番楽なんだろうけれど、向き合わなきゃいけない時まで無視してしまうと自分も不利になってしまうので、そのタイミングだけは見誤らないようにしたい。