トリエンナーレとアートとヘイト

今年は広島でも遂にトリエンナーレが行われる。ていうか何番煎じなんだ、瀬戸内国際芸術祭にあやかって岡山に近い備後地域だけで行うのか、広島市が誇る現代美術館の立場は・・・とか思ったりもするが、身近にアートなイベントが増えることを素直に喜ぼう。

 

で、そのプレイベントが去年尾道の百島であったそうで、しかもそこにあの「あいトリ」で物議を醸していた作品群が展示されていて、炎上はしたものの、無事に会期終了したらしい。

 

一連の表現の不自由騒動で思い出すのは、10年ほど前に、チンポムというアート集団が原爆ドームの上空で「ピカッ」と飛行機雲を書いて謝罪に追い込まれた事件だ。当時は、しょうもないことやってアートと言い張る人もいるもんだなあと思ったものだが、今回の騒動で腹を立てている人を見る度に、当時の自分を思い出して、まあしょうがないよねと一応理解はできる。

 

じゃあピカッも天皇コラージュも今の自分が素晴らしいかと思ってるかというとそうでもない。現代アートは大体がよくわからないけど、たまにビビッとくるのが面白いというのが僕の楽しみ方なので、あんまり僕にはピンとこなかった、くらいだろうか。音楽とか文学とかもそうだけど、表現作品そのものの主題よりも、その作品を通じて湧き起こる自分の感情と向き合い深掘りしていくことが、アートの楽しみ方だと思う。

当時よりもっと炎上しやすい今、10年前の経験を踏まえて表現の不自由について広島で展示をすることは、広島ならではの意義があるんじゃないだろうか。10年前の炎上は展示中止に追い込まれたが、今回は各地が展示中止する中、広島では会期を終えられたというのは素晴らしいことなのではないか。

このプレイベントを通じて、広島の地元からも抗議運動が起きているらしい。その人にとって抗議したくなるほど不快な心を動かされたということだろうが、だからといって他の人が表現と向き合う機会まで奪ってはいけないと思う。

初回だしもっと穏当にやるんだろうと思っていたら、こんな尖ったプレイベントを行える「ひろトリ」は結構面白いものになるかもしれない。始まったら頑張って行ってみたいと思う。