■メタな考え
建設業にとって、耐震補強事業はひとつの稼ぎ頭であった。地震に関して、建設業はどちらに転んでも美味しい。地震が来なければいつか来るぞと脅して耐震補強工事をし、地震が来て建物が壊れなければ、耐震のお陰だと更に補強工事をけしかけ、建物が壊れたら復旧工事の受注を得る。この業界のえげつない体質、と考えることもできる。けれども、良くも悪くもこれが建設業の本質であり、社会的使命でもあるとも思う。えげつない営業かもしれないが、補強工事によって崩壊を免れた建物もあるだろうし、復旧工事によって着実に街は復興していく。えげつなくても、インフラと安全を守り復興できるということには、誇りを持ってもいいんじゃないか。
■耐震に対する考え
うろ覚えで話すのもアレだが、学校の耐震補強は震度6強の崩壊に耐えれる強度にまで耐震性を高めるように、補強工事を行っていたはずだ。だけど、今回起こった震度は7。もしかしたら、せっかく補強をした学校も崩壊しているかもしれない。けれども、確実に崩壊しないようにすることは、現実的には不可能に近いことを、もっと認識してもらわなきゃいけない。確実でないことを認識して、残るリスクは自分たちで乗り切る強さ、或いは諦める覚悟を持ち合わせる必要があるだろう。
■地震という実験
地震は実証実験でもある。新しい耐震工法も、制震も免震も、みんなたぶん大丈夫だろうというシミュレーションを頼りにしている。本当の地震で本当に持つのかは、地震が起きてみないとわからない。地震が起きて欲しいだなんて誰も思わないけれど、地震を耐え抜いた工法はそれを売りにするし、耐えられなかった工法は淘汰される。
■木造耐震補強は必要なのか
今回の地震は津波の被害が甚大になるのかと思ったら、気仙沼は火の海だった。木造が悪だとまでは言わないけれど、木造耐震補強で家が守れても火や水で駄目になってしまっては元も子もない。あの映像を見てもまだ耐震補強を推し進めるのだろうか。僕には疑問だ。
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