広島に被団協が2つある経緯。

広島県被団協(坪井直理事長)の箕牧(みまき)智之理事長代行は31日、もうひとつの県被団協(佐久間邦彦理事長)との統合について「一緒になることはない」と明確に否定した。佐久間理事長が昨年6月、統合を提案していたが、今後も別々の活動が続くことが確定的になった。

(二つの被団協、別々の活動確定的 中国新聞2019.6.1)

というニュースを見たので、もうひとつの被団協って何?と思って調べた。なんとなく被団協といえば坪井さん、というイメージだったが、どういうことなのか。

 

調べてみると、反核運動とか安保闘争とかと関係して、広島の被団協は二つに分裂しているらしい。

そもそも被爆者団体結成の背景には反核運動があり、その反核運動は1954年のアメリカの水爆実験を契機に始まったのだそうだ。

その後、1963年に旧ソ連が核実験をしたときに、旧ソ連を擁護する共産党系と、あらゆる核に反対する旧社会党系と、旧民社系に反核運動は分裂し、それに伴って被爆者団体も共産党系と旧社会党系に分裂したらしい。その後被爆者の減少により広島以外の被爆者団体は統合されたが、広島は今も二つの被団協が存続しているらしい。

広島の二つの被団協が統合されると、全国的にも被団協は一つの組織となるのだろうし、政党に紐付いた反核運動の方も主義主張は変化しているようだし、どちらがどうとも言わないけど、うまくまとまればいいのにね。

 

ちなみに反核運動の方は、原水協ってまさか今も旧ソ連擁護してるのかと思えばそんなこともなく、3団体が一緒に組んだこともあったり、主義主張が変わって分かれたりを繰り返しているらしい。最近では2011年の原発事故を境に原発容認かどうかでまた疎遠になっているらしい。